奈良公園のシカは礼儀作法の夢を見るか

投稿者: | 2020年7月8日

奈良公園には、およそ1,200頭のシカがいます。
このシカは、観光客でにぎわう奈良公園内にいるので一見飼われているように見えますが、実は野生動物です。
飼われているように見えるのは、シカが人間に慣れているからかもしれません。

奈良公園では「シカせんべい」が売られています。これはシカのおやつです。
観光客が売店でこれを買ってシカに与えます。

シカは、人を見かけると近づいてきます。
そして目の前で丁寧におじぎをします。
観光客は、シカにせんべいを与えます。
シカはそれをパリパリと食べます。
せんべいを食べ終えたシカは、もう一度お辞儀をします。
それは、お礼をしているようであり、次の1枚を催促しているようにも見えます。
観光客が両手を広げて、もうせんべいがないことを示すと、シカは踵を返してどこかへ行ってしまいます。
奈良公園の日常風景です。

このお辞儀をするシカは、外国人観光客にもよく知られています。
知られているどころか大人気です。
海外のガイドブックでも紹介されています。

曰く、日本では、シカは神様の使いで、神聖な動物とされている。
シカは、多くの日本人と同様、礼節を守って暮らしている。
奈良を訪れたら、奈良公園周辺で放し飼いにされているシカに”shika senbei”を与えてみよう。
シカはあなたの前で日本式の礼”ojigi”をして、それを受け取るだろう。云々。

いくつかのサイトを調べると、だいたいこういう紹介になっていました。
まあ、小一時間は問い詰めたくなる内容ですが、細かいことはおいておきます。

このように、多くのガイドブックやテレビの旅番組、そしてインターネットのサイトで「シカはお辞儀をする」とされています。
タモリ倶楽部の「空耳アワー」といっしょで、そういう風に言われるとお辞儀しているようにも見えます。
では、本当はどうなのでしょうか。

実は、シカの「お辞儀」は礼節を守っているのではありません(わざわざ書くとおかしいですね)。
あれは、頭を下げて相手を威嚇しているらしいです。
なぜ、頭を下げるのが威嚇になる(とシカは思っている)のかというと、本来は頭の上にツノが載っているからです。
食べ物を持っているニンゲンに、その餌をよこせ、とばかり威嚇する。その時に、本能で頭を下げてツノを見せている(つもりになっている)らしいです。
それを、ガイドブックやテレビの旅番組などで何度も「奈良のシカはお辞儀する」と刷り込まれると、お辞儀をしているように見えてしまうのが「空耳アワー」なところです。

この「シカのお辞儀」、実は笑いごとで済まないケースも起こっています。
youtube には、奈良公園でシカにお辞儀をさせようと、シカせんべいを目の前に見せながら焦らす動画が何本も上がっています。
動画で、シカは激しく「お辞儀」してせんべいを求めます。
それが限界を超えると、いきなり噛みついたり突き飛ばしたりします。
噛まれたり突き飛ばされたりした人の中には、血を流すようなケガをしている人もいるようです。
動画ではありませんが、目の前のシカにせんべいを見せて「お辞儀」させていたら、突然、隣のシカから脇腹をかまれたという事故も起きています。

特に、角の生えたオスのシカは、秋の発情期をむかえると気性が荒くなるそうです。
そこで、一般財団法人奈良の鹿愛護会が、毎年10月、シカが繁殖期を迎える前に「角きり」を行っています。
この「鹿の角きり」は、1672(寛文12)年に鹿の角による事故を防止するため、奈良奉行の溝口信勝の命によって始められたそうです。
「角きり」は、春日大社境内 鹿苑角きり場で行われています。
また、奈良県でもこうし事故を防ぐための取り組みを行っています。
奈良公園には、観光客に注意を促す看板(上)(下)も設置しているようです。

冒頭の文章の繰り返しになりますが、奈良公園のシカは野生動物です。
いくらシカが可愛くみえても、接触には気をつけるべきでしょう。
特に小さい子どもやご高齢の方は、大きな事故につながる可能性が高くなりますので注意が必要です。