共和党の逆転戦略(想像)

投稿者: | 2020年7月10日

すでにマスメディアで報じられているとおり、米・共和党大統領候補に、黒人クリエーター、カニエ・ウェスト(Kanye West)氏が立候補を表明しました。
ウェスト氏は、日本ではあまり知られていませんが、グラミー賞に69回ノミネートされ受賞も21回におよぶアメリカでは大変有名な人物です。
現時点では立候補を表明しただけですが、もし本当に出るとすれば、選対本部長的な役割を担うのはテスラ社CEOのイーロン・マスク(Elon Reeve Musk)氏ではないかと言われており、いろいろと話題を呼びそうです。

ウェスト氏が掲げている公約は「ワクチン反対」「中絶反対」「カトリックの教義に基づく教育の復活」「宇宙開発の推進」です。
「中絶反対」を挙げているのが、いかにも保守候補らしいですね。

ウェスト氏は「アメリカ社会で一般に言われている”黒人なら民主党支持”は間違い」だと言います。
黒人はそんな風にひとくくりにはできない。現に俺は共和党を支持している、というわけです。
そして、秋の大統領選挙に向けて民主党が打っている反トランプキャンペーンに同化しつつあるBLM(Black Lives Matter)を批判しています。

私は、彼の地のことを詳しく知りませんが、ウェスト氏のように裕福な黒人が共和党を支持するのは珍しいようです。

ウェスト氏は、トランプ大統領の支持者として知られています。それもトランプ大統領とのツーショット写真を公開しているような近しい関係です。
熱心なカトリック信者であるウェスト氏は、トランプ大統領就任直後に「何年もの間、神の道に近い大統領がいなかった。しかし、トランプ大統領が現れた」とまで言っているほどです。
それが、なぜ対抗馬として名乗りをあげたのでしょうか。

正直に言って、私はウェスト氏が本当に立候補するとは思っていません。
それは、現実的な問題としてすでに大統領候補としての立候補を締め切っている州がいくつもあるからです。
これらの州では、ウェスト氏はひとりの選挙人も獲得することができません。
大統領選挙で勝ちを狙うには、あまりにもタイミングが遅すぎます。
もしかすると、大統領選挙に出るというのは世間の耳目を引くための手段に過ぎず、本音は別にあるのではないかと思います。
現に、ウェスト氏の「立候補表明」は多くのメディアに取り上げられました。特に、黒人有権者の関心を共和党に向けさせる効果は非常に大きかったのではないかと思います。

もうひとり、政治活動家として売り出し中の黒人女性コメンテーター、キャンディス・オーウェンズ(Candace Owens)氏も、同じ時期に「民主党と決別しよう」と主張しています。
彼女は、講演会やメディアで民主党を激しく批判する、共和党サイド、親トランプのコメンテーターです。

オーウェンズ氏は、「私はこの国で生きる黒人女性として、白人男性ができることは何でもできる」と言っています。
オーウェンズ氏が民主党を批判する理由のひとつは「彼らが人々に被害者意識を植えつけているから」です。
彼女は、民主党が「黒人、女性、マイノリティー、LGBTに働きかけ洗脳している」と言います。

オーウェンズ氏は、もともとリベラルで民主党の支持者でした。
しかし、彼女はある時期に、豊かな人生を送るためには、被害者意識によって必然的に生じる怒りや恨みの解消を政治に求めるのではなく、彼女が普遍的な価値観だと考える「勤勉に働き家族を大事にすること」がカギであることに気づきます。
そして、この気づきから「黒人は政府に依存しすぎている」「その依存心と被害者意識が、民主党の戦略に使われている」と訴えます。

民主党の支持者だったオーウェンズ氏が、自分自身の経験を踏まえてロジカルに説く共和党支持への導線は骨太で、多くの黒人有権者の気持ちを揺さぶるのではないかと思います。
私は、彼女がメディアや自身のYoutube チャンネルで述べていることは、多くの黒人有権者が受けてきた「洗脳」を解くために、一定の効果があるのではないかと感じます。

さて、こうした動きがある中、トランプ大統領と共和党の選挙戦略はどうなっているのでしょうか。

マスメディアの調査を見ると、現時点で民主党のバイデン候補と共和党の現職トランプ大統領の支持率は、バイデン候補がトランプ大統領を10ポイントほど上回っています。
したがって、いま選挙をすればバイデン候補が勝つというのがマスメディアの分析です。

その鍵を握るのは「スイング・ステート」の動向です。

アメリカ大統領選挙は、「選挙人(大統領を選ぶ権限のある人)」の獲得数で争われます。
選挙人は、各州の人口に応じて人数が割り振られており、選挙人の定員は全米で538人です。つまり単純に言えば、選挙人を270人獲得すれば勝ちということです。
ただし、選挙人の獲得は、州ごとに過半数を得た候補者が、その州の選挙人すべてを獲得したこととする「勝者総取り方式」です。
たとえば、カリフォルニア州の選挙人の数は55人です。もし、投票の結果どちらかの陣営が28人の選挙人を得ると、獲得した選挙人の数は28人ではなく55人になるルールです。
前回の大統領選挙で、トランプ大統領の対立候補だったヒラリー・クリントン候補が、得票数では優っていたのに大統領になれなかったのは、この「勝者総取り方式」のためです。

全米50州の中には、伝統的に民主党が強い州と共和党が強い州があります。
これらの中には、投票前から結果がほぼ分かっている州があります。
このような州を、民主党、共和党のイメージカラーをつけて「ブルー・ステート(民主党の地盤)」「レッド・ステート(共和党の地盤)」と呼びます。
ちなみに、ブルー・ステートは北東部やカリフォルニア州などの西海岸に多く、レッド・ステートが多いのは中西部や南部です。
そして、そのどちらでもない州は「スイング・ステート(揺れ動く激戦区の意味。「パープル・ステート」とも)と呼ばれます。

前回の大統領選挙では、トランプ陣営はスイングステートで多く得票したことが勝因でした。
今回はどうでしょう。世論調査の結果、トランプ陣営にとっては困ったことに、スイングステートの支持が伸び悩んでいることがわかりました。
マスメディアは、このことを根拠に、トランプ不利、バイデン優位と報じています。

では、共和党はこの事態をどのようにして打開するつもりでしょうか。

トランプ陣営が打った手は、Black Voices for Trump です。
この名称には、まだ定訳が無いようですが、「黒人の声をトランプ大統領に」とでも訳すればいいのでしょうか。
サイトを開くと、まずメンバーシップへの登録画面が現れ、登録して(しなくてもよい)先に進むと、トランプ政権の社会保障政策に関する記事や討論会のスケジュールが表示されます。
サイト内の記事は、まるで「共和党が、民主党をハイジャックした」かのような内容です。共和党は、かなり露骨に民主党支持者を喰いにいっていると感じます。
ともあれ、民主党に比べてこうした方向へのアプローチが弱いとされた共和党が、黒人の支持を得るために積極的にリーチしようとしていることが伺えます。

直近の調査では、黒人有権者のバイデン候補への支持率はおよそ70%です。これに対してトランプ大統領は17%です。
もともと、トランプ大統領は、経済政策の成功によって黒人の雇用が大きく伸びたこともあり、およそ20%の支持を得ていました。
これは共和党の大統領では高い数字です。それが、新型コロナウイルス感染症の流行により景気が停滞した結果、前述の数字まで下がっています。
対して、民主党は、オバマ大統領の時には100%近い支持を得ていましたが、今回のバイデン候補では70%まで下がっています。
これは、バイデン候補だけの傾向ではなく、前回の選挙で民主党の大統領候補者だったヒラリー・クリントン氏も同様でした。
つまり、民主党は、今の状況ではこれ以上黒人の支持率を上げることが難しい状況です。
これに対して、共和党はまだまだ伸びしろがあります。重要なことは、この伸びしろは民主党から引きはがした結果得られるものである点です。
共和党が得た分だけ、民主党は減らすことになります。つまり共和党にとって、黒人有権者の支持率が向上することは、選挙戦略上、往復の効果があります。

このように、共和党は、民主党に先行されている10ポイント差を取り返すために、民主党の牙城である黒人有権者に積極的にリーチし始めています。
2014年の統計によれば、アメリカの人口構成中、黒人は12.6%です。この数字は、増加傾向にあるります。
黒人有権者の取り込みは、選挙戦を進める上で極めて重要な戦略であり、今後もそれは加速すると考えられます

さて、ここに挙げた3つのトピックスを俯瞰すると、あることに気づきます。
それは、カニエ・ウェスト氏、キャンディス・オーウェンズ氏の発言と、 Black Voices for Trump が連動しているのではないか、もっと想像をたくましくすれば、この3つは、実は共和党が意図的に仕掛けたキャンペーンなのではないか、ということです。

まず、ウェスト氏が「黒人にとっての選択肢は必ずしも民主党だけではない」とシンプルなメッセージを出します。
このわかりやすくパワフルなメッセージは、ウェスト氏の存在感と相まって、民主党支持者の心を揺さぶります。

次に、オーウェンズ氏が「民主党と決別しよう」と言い、これに「依存心と被害者意識が、民主党の戦略に使われている」と説明をつけます。
オーウェンズ氏の言葉は、ウエスト氏のメッセージに揺さぶられた人々の心に、ある方向性を与えます。その方向とは「共和党支持」です。

そして、揺れ動かされた人々が共和党支持に向かうと、それを Black Voices for Trump が受け止めるという仕掛けです。

これは、想像ですが、共和党は黒人有権者の支持率を高めることで、スイングステートでの逆転を狙っているのではないでしょうか。
このために、ウェスト氏、オーウェンズ氏、そして Black Voices for Trump を連携させているというのは、うがち過ぎでしょうか。

大統領選挙の投票予定日は、2020年11月3日です。

※このエントリーは、及川幸久 クワイト・フランクリー トランプに追い風!黒人ミュージシャンカニエ・ウエスト出馬  を参考にさせて頂きました。
Special Thanks to Rev.Oikawa Yukihisa