雇調金100倍支給ミス 広島労働局、22万円を2200万円に

投稿者: | 2020年7月29日

今回は事件ではなく「記事」に焦点を当てます。
見出しの事件について、中国新聞デジタルが、次のように報道しています(2020/7/28 )。

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新型コロナウイルスの影響などにより、業績が悪化した企業の従業員の雇用を支える国の雇用調整助成金(雇調金)を巡り、広島労働局が、廿日市市内の1社に、本来の支給額が約22万円なのに約2200万円を支払うミスをしていたことが28日、分かった。職員が誤って2桁多い金額を入力し、確認も不十分だった。

同社によると、6月4日に助成金を申請したところ、今月21日、同労働局を通じて2280万3019円が銀行口座に振り込まれた。翌22日、同労働局に確認して金額の間違いが発覚した。本来の支給額は約22万円だった。

同労働局職業対策課によると、支給額を決めた後、入力データを職員4人で2回チェック。その後、15日に最終入力をした際、職員が下2桁に関係のない数字を誤って付け加えたとみられる。通知書を発行する際には企業名と住所を照らし合わせただけで、金額の確認を怠っていたという。近く差額分を返却してもらう。

助成金の誤りに気付いた同社社長(60)は「振込額を見て驚いた。税金を使う以上、間違いがあってはならない。考えられない額のミスだ」と憤る。

同課の三島浩徳課長は「申し訳ない。今後は確認作業を徹底し、正確で迅速な支給態勢を整える」としている。(木下順平)

<クリック>雇用調整助成金 自然災害や景気悪化などで事業活動を縮小せざるを得ない企業が、従業員を一時的に休業させるなどして雇用維持を図る場合に、企業が支払う休業手当(賃金の60%以上)や賃金の一部を国が助成する制度。新型コロナウイルスの感染拡大を受け、国は要件を緩和した。本来3分の2だった中小企業への助成率は、特例として条件付きで10割まで引き上げるなどしている。
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これは、事実を簡潔に報じた、大変ストレートでクールな記事です。
と同時に、記者のライティングテクニックが堪能できる文章だと思います。
私は、こういう仕掛けが感じられる記事が好きです。

この記事にはポイントが3つあります。
(1)本来の支給額が約22万円なのに約2200万円を支払うミスをしていた
(2)助成金の誤りに気付いた同社社長(60)(が、同労働局に確認して間違いが発覚した)
(3)同課の課長は、謝罪し「今後は確認作業を徹底し、正確で迅速な支給態勢を整える」といった。

上、3つを比較すると、インパクトの強さはなんといっても(1)で、(2)(3)と下がるにつれて弱くなります。

記事を見ると、誰もがまず「22万円のところを2200万円も」に意識が向くと思います。
新聞的事実としてはまさにそのとおりで、このことを前に出さざるを得ません。

次に、正直に労働局に確認した同社社長(60)も印象に残ります。
こういう当たり前のことを、当たり前にできる人がいることを知ると、ほっとします。

しかし、この記事の本当のハイライトは「支給額を決めた後、入力データを職員4人で2回チェック。その後、15日に最終入力をした」というくだりです。
おそらく、木下記者はこの件が持つ問題の本質に読者の意識を向けようと意図して書いています。

「支給額を決めた後、入力データを職員4人で2回チェック。その後、15日に最終入力をした(時に、関係のない数字を誤って付け加えた)」で、木下記者が読者になにを気づかせたいのかを見てみましょう。

この文章を雇用調整助成金支給の業務フローに分解すると次のようになります。

業務フローが報道のとおりだとすれば、ひとつのデータに対して、次の6ステップを誤った金額で通過しています。
【想定業務フロー1】
(1)支給額決定(職員X)
(2)データチェック(職員A)←正しい
(3)データチェック(職員B)←正しい
(4)データチェック(職員A)←正しい
(5)データチェック(職員B)←正しい
(6)最終入力(職員Y)←ここで入力ミス

いや、ちょっとまて。改めて記事を深読みすると、入力データを「職員4人(がそれぞれ)2回チェック」している可能性があります。
この場合、業務フローは10ステップです。
【想定業務フロー2】
(1)支給額決定(職員X)
(2)データチェック(職員A)←正しい
(3)データチェック(職員B)←正しい
(4)データチェック(職員C)←正しい
(5)データチェック(職員D)←正しい
(6)データチェック(職員A)←正しい
(7)データチェック(職員B)←正しい
(8)データチェック(職員C)←正しい
(9)データチェック(職員D)←正しい
(10)最終入力(職員Y)←ここで入力ミス

納税者としては、まさか【想定業務フロー2】だったとは思いたくないですね。

仮に【想定業務フロー1】として、これほど「データチェック」を繰り返しても、(6)最終入力で関係のない数字を誤って付け加えてしまったばかりに、それまでのチェックが一切無駄になったわけです。
読み手は「そもそもこのデータチェックの繰り返しはあまり意味がないのではないか」と感じますよね。
同労働局がこの問題に気づいていたら、(6)最終入力の後にチェックプロセスを入れていたはずです。
でも、そうしたことは記事のどこにも具体的に書かれていません。
でも、読者は気づくわけです。
すごいでしょ、木下記者。前述のさらりとした書き方で、この問題の本質が印象に残るような文章になっています。

新聞記事って、時々こういう技を見せてくれるから目が離せません。

個人的に気の毒に思うのは、課長さんです。
かわいそうに「今後は確認作業を徹底」するというコメントを名前入りで書かれています。

そこは武士の情けで「同課の責任者は」とか、名前を出さずに済ます方法はなかったんかい、とも思います。
もっとも、木下記者のことですから油断できません。これも仕掛けでしょうか。

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